完璧主義は続かない。隙を見せる技術。

目指したいけど目指せない。正直かなりしんどい。

おそらく心の奥では完璧を目指しながらも、ことごとく完璧になれないことに気付いては途中下車を繰り返していています。

完璧を目指すと、間違えることにビビってしまう

なんかもうこれが全てです。完璧であろうとこだわるがゆえに、間違いないように、間違えないようにという意識があたまの中を支配します。その結果、大胆な行動がとれずに小さくまとまってしまうのです。

中学生の時にやってた体操競技でもそうでした。できるだけ競技者の「かっこいい」という路線から外れないような演技構成を作っていましたし、大学の時にやってたダンスも、基本スタイルは周りから見て「かっこいい」当スタイルでした。

別に奇抜な路線に進みたいとかではないのですが、それでも、周りの目が気になって、完璧を求めるがあまり殻を破れなかったことの方が多い気がしてます。よくある王道路線からはずれること、間違うことをビビってしまったのです。

成長曲線も止まってしまう

「完璧」であることにとらわれていては、伸びるものも伸びません。失敗の数だけ成長するとはよく言ったものです。ホントにその通りだと思います。

外国語の学習でもよくありがちなことですが、「しゃべれる」ようになるまでしゃべらないというあれです。ありがとう、こんにちは、ごめんなさい。これくらいしゃべれればあとは何とかなるものです。ぼくの場合、「メキシコ」がそうでした。スペイン語かじった程度で2か月ふらふらしてましたから。

思えば、あの時は間違えたらどうしようなんて気持ちは全くありませんでした。だって、「正しいスペイン語」が話せないんですから笑 口にすることば全てが間違ってますし。でも、それでもすべてなんとかなったのです。これはけっこう大きな体験でした。

隙を見せる技術。

特に人に偉そうにしゃべるこの立場になって、「完璧」であることはリスクでしかありません。日常から完璧であればあるほど、ひとつのミスが仇となるのです。

もはやぼくは、完璧であることなど少しも求めてはいません。まちがえてばっかりです。もはや生徒からは「完璧」だなんて思われるようそはありません。なんなら、「雑」くらいに思われてます。

でもそのおかげか、何かミスをしても、「またか~~笑」くらいで流してくれます。こういう姿勢はすごくありがたいわけです。おかげでこちらものびのびと仕事ができます。

もちろんモノには限度というものがありますので、目に余るレベルでの「間違い」は信用を無くすことにつながります。しかし、日ごろの関係の中で許される範囲であるならば、意識的に間違えることで、「隙」を見せていけばいいのではと思うのです。隙を見せる技術。おしまい。

関連記事

ページ上部へ戻る